「鳴かぬなら 自ら鳴こう ほととぎす」

大便と小便の「大」「小」って、どういう判断基準なんですかね?

こども店長とMr.Childrenは、クリープハイプ同じ世界観

 

 

男三人兄弟の末っ子で、やってたスポーツも団体競技なのに、いつしか一人遊びが得意になってた。まあ、必然っちゃ必然か。家から次々に遊び相手がいなくなるんだもの。

 

一人でする娯楽の中で最も心躍るものの1つがカラオケ。映画もラーメンも、回る寿司も回らない寿司も、旅行もトイレもだいたい1人で行けるし実際行くけど、カラオケに関しちゃ1人の方が多い気がする。

 

一人カラオケあるあるランキングで毎年上位に入るのが、『行く前に歌いたいと思っていた曲、歌い忘れがち』。「歌いたい曲を最初に入れるのは違うな」と思ったら、それは終わりの始まり。連想ゲームのように選曲してって、歌いたい曲を思い出すことができず、思い出しても流れが違うなと思ってしまう。

 

 

 

最近の流行りは、もっぱら「次この部屋に来たお客さんが履歴を見たらどう思うか想像する一人カラオケ

 

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「前の人はキンキファンだったんだ」

 

 

 

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「あ、ジャニーズ全般が好きなんだね」

 

 

 

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「どういう展開?」

「サザンとユーミンで対バンしたんだ」

「じゃあお二人さまだったのかな」

「もしかしたらこのタイミングで客変わったのかもね」

 

 

 

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「昭和だね」

「あ、やっぱりジャニーズからサザンのタイミングで客がおじさんおばさんに変わったね」

 

 

 

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「今度は女性ソロアーティスト限定だ」

「世代は変わらないね」

(原田知世「ロマンス」は本当にいい曲)

 

 

 

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「いや、急に芸人ソング」

「ここで客変わったのかな」

「でも、とんねるずとか世代は変わらなくない?」

 

 

 

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「いや、急に若いわ」

「フェス好きだろうな」

「確実に客変わったね」

「今のところジャニーズ、サザン、若者の3組かな?」

 

 

 

 

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「20代後半から30代が喜びそうだね」

「もう若者帰ったの?」

「いや、若い感性を持つ30代がオーラル歌ってたんだよ」

 

 

 

 

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「ドリンクバー取ってくるよ。何がいい?」

「あ、あ、コーラ!」

 

読書録②

 

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中村文則

 

 

 

中村文則作品で共通してるのは、

 

非現実っぽくて現実

分からないような世界なのになぜか分かる

認めたくないけど認めざるを得ない

主人公と同じタイミングで吐き気しがち

 

 

 

自分の中に沸々と湧き上がるようにある何か、隠さなければいけない何かを、隠すことに酔い、隠すことに安心し、堰き止めていたものがぶっ壊れておおっぴらになり、それを上から冷静に見下ろしていながらも地の上に立つ自分を止められはしない。隠すものは、武器なのか過去なのか、はたまた性格なのか欲なのか分からないけど、誰にでも似たようなことがあるんじゃないかなって思う。

 

暗くていや〜な感じのするものが好きなのは自分がネガティブからだと思っていたけど、どうやら違う気がしてきた。ポジティブだから、いやネガティブなポジティブだからじゃないかと思う。暗いものに触れないと心の均衡が乱れてどこか不安になる。プラスが重たすぎて天秤がぶっ壊れてマイナスの受け皿が吹っ飛びそうな気がする。純度100%のハッピー野郎だと、弱みに気づけないし、強みも埋もれるし、何も生み出せない気がする。

 

ネガティブであることは大切だって、

そうポジティブに捉えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読書録①

 

「日本のいちばん長い日」

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「あゝ 祖国よ 恋人よ」

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日が経るにつれ、月が過ぎるにつれ、季節変わりを目撃するにつれ、衣替えをするにつれ、年を改めるにつれ、戦争が怖くなり、平和を強く望むようになっている。それは自分が大人になって考えが熟れてきたからだろうか。本当にそうだろうか。戦争を知っている人が減っていることへの焦りと、近々いなくなってしまうことへの不安ではないだろうか。

 

 

戦争を知らない世代、特に若者は言う。

「知る機会がないからしょうがない」

「自分一人の話じゃないし、自分一人じゃ何もできないし、自分は関係ない」

 

中には、「大人がどうにかする」と、本当にそう思っているかどうかも分からないようなことを口からつらつら吐く人がいるかもしれない。漫画や映画だと、こういう人は一番最初にやられる。それ以上は言わない。

 

 

思い返せば、幼稚園の時、授業の一環として自分のおじいちゃんおばあちゃんに戦前、戦中、戦後の話を聞きに行ったことがある。内容はよく覚えていないけど、学生だった祖父は手先が器用だったから飛行機の部品を作っていたという話だけは覚えている。プラモデル作りを教わっていて器用さを知っていた園児の僕は、確かにと頷いた記憶がある。手先が器用だからそこで働かされたのか、そこで働かされたから手先が器用になったかは分からない。どちらにせよ、ペンチを渡してくれたあの手はかつて飛行機を作った手だったのだろう。その飛行機は特攻機だったのかもしれない。当時、祖父がどんな思いだったか、目をつむって自分なりになりきって考えてみると、色々なところが苦しくなり、少しの吐き気を覚える。今聞いても教えてもらえない気がする。争いが好きではなさそうな祖父のことだ。僕は、そんな祖父が好きだ。

 

 

本屋に行けば沢山の本があるし、新聞を読めば沢山の記事がある。テレビでも、特に終戦記念日近くでは沢山の番組が放送されているし、スマホでもネットニュースから情報を得られる。それなのに、知らない、と言う。(正直、僕も知っているか知らないかで言ったら、知らない。) 知ろうとしないだけなのに。今の園児のおじいちゃんおばあちゃんは戦争を知らない世代の人も少なくない。「大切なものは失ってから気づく」ということは、平和に最もしっくりくる。

別に戦争を知らなければいけないとは思わない。でも、平和について考えることくらい誰にでもできるんじゃないかって、そう思う。考えれば少しは知りたいと思うんじゃないかって、そうも思う。

 

難しいことは考えたくない。それぞれの思想を真っ向から否定出来るような性格でもない。

ただ、一つ、気になる。

平和か平和じゃないか、

どちらが良いか聞かれたらどっちと答えるだろうか。

 

 

 

「読書録」という題をつけたが、感想を書こうなんて気は毛頭ないが、1つ。

 

「あゝ 祖国よ、恋人よ」

 

僕と年齢も大して変わらず、学び舎も同じくした上原良司さんの遺書をベースに本書は構成されている。

 

「上原良司さんが生きていたら、どんな活躍をしたのだろうか」と想像してみると、少し景色が明るくなって、程なくして元通りになる。

上原良司さんは慶應義塾大学在学中に学徒出陣し、1945年に陸軍特別攻撃隊の隊員として知覧から出撃、敵軍に突入して戦死した。命に価値をつけることなどできるはずもなく、順序なんてもってのほかだが、それでも、彼の死は惜しい。特に惜しいと思ってしまう。是非読んでみてほしい。調べてみてほしい。考えてみてほしい。特に学生、その中でも塾生には。

 

彼は戦争に否定的だった。

特攻に躊躇いもあった。だが、出撃した。

 

彼は自由主義者だった。

慶應義塾大学の創設者 福沢諭吉は、彼の思想をどう思ったのだろうか、彼の死をどう思ったのだろうか。

 

「明日自由主義者が1人この世から去っていきます。」

「俺が戦争で死ぬのは愛する人のため、戦死しても天国に行くから、靖国には行かないよ」

 

1人の特攻隊員は、

同時に1人の息子であり、

そして1人の恋人。

 

正直、誰かの息子を、誰かの恋人を目の前にして、敵意を出せるかどうか、疑問だ。

 

20歳でもいいじゃないか 〜AIR JAM 2018 へ〜

 

今、日本には沢山の音楽フェスがあるが、

AIR JAM

は日本の音楽フェスの元祖の1つである。

(初開催の1997年と同年にフジロックも開催された。)

 

AIR JAM を見てバンドを組んだ、

あるいはバンドへのモチベーションとなった、なんてことも多々あり、

彼ら彼女らは「AIR JAM 世代」と言われている。

事実、今フェスでも多くの出演アーティストがMC等で「VHSを擦り切れるほど見た」と話していた。

第1回の時はまだ生まれていなかった98年生まれの僕は何世代なんだろうと思ってみたりした。

 

 

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出演者の気合がスゴければ、その分お客さん、キッズの気合もスゴい。

スゴい気合は時としてコワい気合にもなりかねないが、

そこはさすがと言うべきか、やはりと言うべきか、ハイスタ。

 

いわゆる古参のファンにとって勝手を知らない新入りは邪魔者で位も下なんて話を悲しいことに耳にすることがあるが、そんな気配すらない心地よい空間だった。

 

思えば約1年前、いっぱいの楽しみと僅かな恐怖心を持って新潟へ「The Gift Tour」に行った時、キッズシートの子供達を除いて見渡す限りだと最年少だった僕と友達を率先して「MOSH UNDER THE RAINBOW」の輪に入れてくれた。

アイドルだとファン歴わずか5年でも古参と言われて肩で風を切るようなことがあるらしいが、20年、30年とファンであり続けるハイスタのキッズ(すっかりお父さんお母さんだけど…)は迎えてくれた。さすがの包容力。

 

 

根底にあるのはハイスタ当人も言っていたが、

「リスペクト」

だと、思う。

その対象は、アーティストはもとより、スタッフや関係者、他のキッズに及ぶ。

 

各アーティストのライブは、というと

それはもう素晴らしくて、素敵で、

言葉にすることが億劫だ。

(単に言葉に出来ない)

 

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どのアーティストも、出させてもらってるというのがありながら、ハイスタへの挑戦のような、ハイスタとの対決のような、そんなパフォーマンスだった。特に僕も大好きな10-FEETはいつにも増して気合の入った演奏とMCだった印象を受けている。

 

それまでの全アーティストの最高なパフォーマンスを根こそぎ持っていくかのようなハイスタ、堪らなかった。最後に卵とじ、のようなそんな優しくて甘い締め方ではなく、かといって親子丼はやめて牛丼にします、のようなそれまでの全てを台無しにするような締め方でもない。そんな最高な締め方に名前がまだ無いから、これからは「ハイスタ締め」と呼ぶことにしよう。

 

 

 

 

音楽だけではなく、全てのワクワクすることにジャンルも年齢も性別も不問だと、ここ数年心から思っている。(18禁はどうなんだとかそんな話はしない)

 

僕は男だけどiTunesにジャニーズ限定のプレイリストを作ってるし、スマスマも鉄腕DASHも、学校へ行こう!も堂本兄弟もブンブブーンも、嵐にしやがれひみつの嵐ちゃんも、関ジャムもスクール革命もヘビーめな視聴者だ。人をあまり嫌いにならないが、「ジャニーズだから」という理由で嫌う人を、僕は嫌っている。好きだから。

 

僕は98年生まれだけど、生まれる27年前にリリースされた尾崎紀世彦また逢う日まで」をカラオケに行くと絶対に歌う。人をあまり嫌いにならないが、「新しいものは良い」の精神をゴリゴリに出してきて、温故知新という言葉の意味を頭でも心でも知らない人は好きではない。好きだから。

 

 

なんで全てをはっきりしたがるんだろう。
なんではっきりさせたものを分類するんだろう。
なんで理由ばかりを求めるんだろう。
なんで「なんか好きだから」「なんとなく」「直感」が許されないんだろう。

 

たった今「なんで」と理由を求めている自分への恥じらいは、今回ばかりは忘れる。

悪いもの、悪いことの理由は要るけど、良いもの、良いことの理由は無くてもいいんじゃないか。

 

理由は重要だけど、必要だとは思わない。

人を傷つけない限り何でも許されるべきだとは思わないけど、人を傷つけない限り何でも許そうという心意気は持っている。

 

なんでそんな話になったのか分からないけど

ハイスタ最高

AIR JAM 最高

音楽最高

 

MOSH UNDER THE RAINBOW」を輪になって聴き踊りながら見上げた虹色の花火。夢に出てきてほしい。毎日じゃなくてもいい。大切にしたいから。

 

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(フェスとライブが大好きで、しっかりフレッシュなキッズとして振舞ってきた。モッシュ、スカダンを強めにして、サークルができたらできるだけ中の方に入ろうとして、ダイブもしちゃって。でも、もうしんどくなってきた。やっぱ基礎には性格があるのかな。全部2割くらいにしたい。0にはしたくない。楽しみ方は自由。)

あの時の自分と、あの時の夢

 

 

15年前の自分と10年前の自分と5年前の自分と今の自分、知識も経験もまるで違うけど、

根っこにあることは通じていると、20歳になって気がついた。

 

根っこにあること、それは

 

「目立つのがあまり好きではない」

 

ということ。

 

少年野球でアイスの差し入れの「もう一本じゃんけん」があった時、食べたくても手を挙げなかった、いや挙げられなかった。

「もう一回言って」って言われると、恥ずかしくて言いたくないし、「もう一回やって」なんて、誰にでもそうだけど、生き地獄。

ビンゴ大会でビンゴになっても前に行きたくない。

 

「目立ちたくない」とは言っても、完全に目立ちたくないわけじゃない。

「自分は目立ちたくない」けど、「自分の何かは目立ちたい」と思っていたし、今でもそうだと思う。

 

小学校の通知表に「ボソッとおもしろいことや悪口を言ってクラスの雰囲気を良くします」と書かれて、親に怒られながらも心の中でガッツポーズをした。

 

 

そんな人間だからか、夢もそんな感じ。

小学校の時、プロ野球選手ではなく、

MIZUZOの開発部に入ってグラブのデザインをすることが夢だった。

中学生の時、タレントではなく、

CMクリエーターになることが夢だった。

高校生の時、お笑い芸人ではなく、

放送作家・脚本家になることが夢だった。

 

どの夢も未だに完全に捨てきれてはいないけど、小学校の時から今まで、ずっと頭の中にあるのが

 

テレビマン

 

小学校の頃は、単にテレビが好きだから、という理由だったけど、中学1年生の時、想いが強くなった。

 

 

2011年3月18日

MUSIC STATION

 

 

その日のMステは東日本大震災後はじめての放送だった。

 

放送を見て、思ったこと・感じたことが3つある。

 

一つは、安心

これは、震災の数年後の番組のスペシャル内で出された大泉洋さんのメッセージに深く共感したのだが、「毎週、人によっては毎昼同じ時間を共有していたタモリさんとまた同じ時間を共有できている安心感」というのは確かにかなり大きかった。

 

二つ目は、音楽の力

その日は震災後にキャスティングしたアーティストが出演し、演出はシンプルで質素だった。

(だからか、ソロアーティストがいつもより多かった印象がある。)(確か、ソロアーティストだと、堂本剛、AI、COCCO吉井和哉 が出演していた気がする。)

どのアーティストのパーフォマンスも心を打つものであったが、最も印象に残っているのが FUNKY MONKEY BABYSの「あとひとつ」だ。ひねくれていて天邪鬼な性格だから、ちょっと恥ずかしいと思っちゃうほど真っ直ぐな歌詞を歌うファンモンをその当時は好いていなかったが、その日のパフォーマンスを見て、聞いて、感じて、自分の青さを心から恥じた。言葉には表せられない。何のための言葉なんだ、文章なんだ、という話かもしれないが、言葉にできないことを表現できるのが音楽だろうし。

 

最後、三つ目は、テレビの力

安心も音楽の力も、テレビを通じてだからこそ、なのかもしれない。強まっているのかもしれない。大きくなっているのかもしれない。リアルタイムで映像を流せること、同じ時間を出演者と他の視聴者と共有できること、莫大な人数に見られること、魅力的で素敵な人が出演すること、無料で見られること、

その他様々なテレビらしさが、在るものを生み出している。テレビらしさが、在るものをよくしている。

 

 

そんなテレビ。最高なテレビ。大好きなテレビ。

 

 

 

 

先生になったら、道徳の授業は金八先生に一任する 「命の学び」

 

 

園児の頃から中学校3年生までドラマが大好きだった。数あるドラマの中で一番好きなのは「ランチの女王」。何周観たか分からないほど観た。今となっちゃ凄いキャストが揃ってるドラマでランキングを作ったら上位に食い込むだろう。レギュラーキャストが、竹内結子堤真一江口洋介妻夫木聡、山P、若林豪山田孝之伊東美咲瑛太桐谷健太、そして森田剛

森田剛が怖すぎて、幼稚園児の時、「学校へ行こう!」を観ていて目を伏せた時があったらしい。

 

一番好きなドラマは「ランチの女王」だが、

 

一番心に残っているドラマは

 

 

3年B組金八先生

 

 

初めてリアルタイムで観たのが2004年の第7シリーズ。当時6歳の僕にとって、かなりきつかった。見るのをやめてよかったのに、見なきゃいけない気がしていた気がする。作中でも金八先生がそんなことを言っていた気がする。

 

学園モノのドラマといったら、恋愛と不良と、あとはいじめが大半だろうが、僕にとっての初めてはそれらではなく、

 

  ドラッグ

 

なかなかな学園デビュー。

 

好きになったものは何度も何度も繰り返す癖があるけど、金八第7に関しちゃ14年前の一度きりだけ。それでも、いろんなシーンが鮮明に。発表会でのソーラン節、泣きながら打つ、床の水舐め、河川敷でソーラン節。

当時、衝撃的すぎて感情を顔に表すことはできなかったけど、最終回のソーラン節で泣いた記憶がある。

 

 

あくまで記憶に過ぎないが、

小中学校での道徳の授業は”一番楽な授業”で、中高でよく体育館で催される薬物防止の講演会は”昼寝の時間”だった。

 

道徳の授業や講演会の時間を全て金八先生の鑑賞会にあてたら、どうなるだろう。

 

「愛」「出産」「生きること」・・・第1シリーズ
「非行」「校内暴力」(「腐ったみかん」)・・・第2シリーズ
「無気力」「家庭」・・・第3シリーズ
「いじめ」・・・第4シリーズ
「いじめ」「校内暴力」「高齢化」「少年犯罪」・・・第5シリーズ
性的指向」「権力」「殺人」・・・第6シリーズ
「薬物」「障害者」・・・第7シリーズ
「親」「情報社会」・・・第8シリーズ

 

学校では教えてもらえないこと、机の上では学べないことを網羅的に学べる。

 

 

 

全シリーズに通じているのが

「命」について。

 

学校では触れにくい、触れ方が分からないけど圧倒的に大切で、何よりも愛さなきゃいけないことを金八先生で感じて、考えるべきだろう。

 

テレビって、あくまで娯楽の一つに過ぎないけど、けど。